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tennenが伝授! みんなに知ってほしいヘンプの話 後編

「大麻博物館インタビュー 農作物としての大麻の正しい知識」

2001年に栃木県那須に開かれた大麻博物館は、「大麻という農作物」をテーマにした私設博物館。こちらでは資料や遺物の調査、収集、技術の保全、情報発信などを行い、日本の大麻文化を伝承しています。

tennenではTシャツやパーカーなどにヘンプ素材を取り入れていて、その機能性と可能性を確信していますが、調べているうちに、日本と大麻の関わりついても知りたくなりました。そこで、今回は大麻博物館の門戸を叩かせていただき、館長の高安淳一さんにお話を伺いました。

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 話を始める前にこれを話さなければいけないと思うのですが、一般的に、海外では植物としての大麻全般のことを「カンナビス」と呼んでいます。その分類として、産業用に使われる繊維型を「ヘンプ」(例えばアメリカでは、向精神作用のある成分THCの含量0.3%未満のものをインダストリアルヘンプと定義し、規制から除外している)、嗜好用や薬などに使われる薬用型を「マリファナ」「ウィード」などと呼びます。なので輸入された大麻製の布を「ヘンプ」と呼び慣わしていますが、実はヘンプは日本で育てられている大麻とイコールではないんです。

ーーえ? どうゆうことですか?

 細かな違いなのですが、それぞれの言葉に対する定義やイメージは違います。この問題が、農作物としての大麻の存続の危機にまで追いやっている最大の要因だとも思っているのですが……。

 大麻博物館が「大麻」と呼んでいるのは、日本人の営みを支えてきた「農作物としての大麻」です。日本語で「麻」と言った場合、江戸時代までは大麻の固有名詞でしたが、現在の「麻」は大麻ではなくなっています。一方「ヘンプ」は外国の繊維型の大麻のことを指します。大きな違いは生地にするまでの工程ですね。栽培技術もそうですが、繊維にする前の発酵工程や精麻を作る時の不純物の取り除き方などが違いますし、布にするときの糸の製造方法にも大きな違いあります。大麻の繊維を昔ながらの作り方で糸にして布にすると、海外産のヘンプ生地以上の機能性を発揮してくれるんです。

ーー日本に古くから伝わっている大麻布の作り方は、現在海外で行われているヘンプ衣料の作り方とは違うので、区別するため日本のものは大麻と読んでいるということですね。

 そうですね。日本で我々が大麻と言っているものは「手績み(てうみ)」、つまり手で糸を績み繋いで作られるもので、中空構造の繊維を生かして糸にして布を作ることができるので、柔らかい生地に仕上がります。大麻100%で柔らかい布を作る技術っていうのはもともと日本にはあるんですが、それが知られていないのは勿体無いなとずっと思っています。

 たとえ話ですが、外国で作られた鉄の刀があるとします。鉄で作られたから、これが日本刀だと言い出したら、誰もがそれは違うとすぐわかると思うんですよ。鉄の作り方だったり鍛え方、研ぎ方などが根本から違うわけですから。それと同じことが大麻にもあって。日本の営み、気候風土の中で、快適で過ごしやすくするため洗練されていった大麻。そこにはヘンプと違って、宗教感であるとか、日本人のアイデンティティーが密接に結びついるんです。

それに、大麻布というプロダクトまで目を向けると、日本人ならではの仕事観、考え方が一体になって作り上げられてたものだということがわかってくると思います。

ーー日本ではなぜ大麻が重宝される、身近な植物だったのでしょうか?

現在も栃木県で行われている大麻栽培の、収穫作業。

  柔らかくて、丈夫でひっぱり強度もあって、吸湿速乾で、夏涼しくて冬暖かい。農耕をしていた人たちにとって大麻の服は野良着として最高でした。保水しても水を戻さないという性質も大麻ならではです。

 コットンの手ぬぐいなんかも吸水性がいいのですが、実は絡んだ繊維の間に表面張力で水が保持されているだけ。例えば、水に濡らした手ぬぐいを絞ったあとティッシュペーパーの上に置いたら、ティッシュが濡れてしまうでしょう。でも大麻布ならそれが濡れないんですよ。大麻繊維には水を保持するチューブ構造があるので、ものに触れても濡れない。しかも中空構造の周りに水蒸気を出す微細な穴があるので、そこから透湿して早く乾く特性もあります。繊維としての機能だけを見ても、大麻っていうのは日本の気候風土に合っていた事がわかりますね。

 大麻博物館もある栃木県は、昔から大麻の生産地として有名でした。というのも、当時は陸路ではなく水路を使って物流が行われていて、利根川から船を出して、麻布のあたりまで運ばれていったと言われています。栃木は1番の消費地である江戸への供給源となっていたので経済も回って、大麻栽培の効率化も進んでいたんです。

ー日本全域で育てられて使われていたのに、なぜ大麻栽培は廃れていったのですか?

 かあさんが夜なべをして〜っていう、「かあさん」という童謡は皆さんご存知だと思いますが、2番の歌詞が「かあさんが麻糸つむぐ 一日つむぐ」なのは意外と知られていません。この歌が作られたのは戦後ですが、昔は服は買うものでなくて作るもので、庶民の服っていうと大麻のものだったんです。稲作が始まる以前から日本中どこでも大麻は栽培されていましたが、次第に経済的にも工業的にも発展。化学繊維の登場によって服のコストも下がって、服は作るものから買うものになっていき、服は消費されるものになりました。そうした時代背景もあって、麻糸を紡ぐ光景は家庭の当たり前の日常だったのに、徐々に失われていったんです。

厚生労働省 大麻栽培者数の推移 https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/0000193867.html

 また、インパクトが大きかったのはご存知の通り大麻取締法です。世界的に規制が始まったのは20世紀のはじめからで、世界的に大麻は健康福祉上の危害を与える危険な薬物、絶滅させることが人類の正義だと考えられてきました。日本でも戦後にGHQが規制を進めました。

 日本ではそれ以前にも大麻が問題視されたことがあったらしいのですが、日本で作られていた繊維型の大麻と、海外で薬物として使われる植物(当時はインド大麻と呼ばれていた)は別のものと認められていたんです。なので日本国内では大麻を規制するという意識がなかったのですが、日本が国際連盟を脱退していた時に世界では大麻に対する見方が変わってしまっていた。薬用型も繊維型も危険なものだと見なされたんですね。そしてGHQが日本に入ってきたときに、大麻草の絶滅を目指したんです。

 実はその時、じゃあ分かりました。とは日本は言ってなくて、厚生労働省と農林水産省などが薬用型ではないから規制対象ではないと声をあげていたんです。それで協議の末、繊維型の大麻をGHQに認めさせるために、妥協の末に作ったのが今の大麻取締法なんですよ。

 そもそもは農作物としての大麻を守るために生まれた法律だったのですが、その後カウンターカルチャーのヒッピー文化が入ってきたこともあり、その後に法律の性質が変わって、逆に大麻を規制することになっているという。極めてねじれた構造になっているんです。

ーーtennenでは中国産のヘンプを使っていますが、日本の厳しい規制の中、ヘンプのように日本の大麻で洋服を作ることはできると思いますか?

繊維を撚り合わせて繋ぎ、長い糸を作る伝統的な手仕事「手績み(てうみ)」を学べる講座の様子。

 私自身、大麻の繊維は素晴らしいものだと知っていますし、失くしてはいけないと強く思っているので、博物館や全国津々浦々で講習会をしています。アクセサリーを作るワークショップであったり、麻糸産みのレクチャーをして、とにかく大麻繊維に触れていただき、その良さを知ってもらっているんです。

 しかし現実問題、製品としての服づくりとなると、法律も整って栽培が盛んになり、繊維加工の工程もスムーズにできれば可能性はありますが、現状では量産ベースとは程遠いです。大麻のポテンシャルを引き出せる手績みの方法で麻布を作れる人は日本で10人程度しかいないので、ハンドメイドで製品を作るというのも難しく。商売にすると一着何十万円規模に成りかねず、コストが合わないんですよ。

 日本の大麻の糸の作り方は紡績とは全く違うので、生産ラインを作るときの初期投資がかなり必要になり、なかなか繊維メーカーも乗り出せない。ですが、私たちは工業化への研究を続けていて、実は基礎技術はとっくにできています。なので、生産が始まって、ブラッシュアップしていけばいつかは価格を下げることは可能だと考えています。

大麻の種を撒く農具である播種機(はしゅき/はしき)。一定の間隔で種が植えられるもので、1882年に栃木で開発されたそうです。

 日本の大麻栽培はまだ人の手に頼る部分が多く、農業自体の機械化も必要になってきますが、海外の例を見ればそんなに難しいことではないでしょう。海外のヘンプ生産の前例を手本にしつつ、日本の技術をつぎ込む事ができれば、大麻の未来も見えてきますね。

 ヘンプを日本で作っても結局価格競争で外国に負けちゃいますから、そうではない、「大麻」の性能やストーリー、ヒストリーと掛け合わせれば、世界に向けた製品を作れると思います。

 ノウハウやアイディアはあるのですが、ヘンプの優れている点を知る人は愚か、日本の大麻がどれだけ素晴らしいかということを知っている人が極端に少ないんですよ。それゆえに産業が盛り上がらない。私たちも一生懸命、頑張っているんですけどね(笑)。

ーー日本でのヘンプ、というか大麻の生地が作られるのであればtennenも使いたいのですが……。ちなみに日本での大麻の研究、開発は進んでいるのですか?

 日本でも2000年代にエコ、ロハスというワードが流行った時に資源としてのヘンプ・大麻が見直されましたが、それ以降はあまり研究が進んでおらず。……しかし、世界的にはこの5年ほどで状況が大きく変わりました。

 世界中の至る所でマリファナの使用、栽培が緩和され「グリーンラッシュ」と呼ばれるカナビスビジネスの波も来ています。今やアメリカでもマリファナの使用が州ごとに認められていますが、ヘンプの栽培は全州で解禁されて、普通にトウモロコシとかと一緒の「農作物」扱いで栽培されているんです。ヘンプは農薬や水を大量に消費しないサスティナブルな植物として注目されていて、グローバルカンパニーであるパタゴニアやリーバイスも積極的に製品に取り入れるようになっています。

ーグリーンラッシュの流れで日本でもヘンプの健康食品やCBDが注目されていますが、そういった傾向をどういう見られてますか?

 麻の実は七味唐辛子にも入っていますし、ヘンプは健康にいい成分が含まれています。それがカルチャーと結びついて浸透することは良いこと思います。それを切り口に大麻を正しく知ろうという人もいてくれるので。

  欲を言うと、おしゃれにCBDとだけ謳っている商品も、ちゃんと大麻って表記すれば良いのになぁとも思います。それって臭いものに蓋をしている印象があって。私は大麻の業界が長いですが、大麻というテーマを何かにつけて誤魔化そうとする人って、何か後ろめたいと思っている人が多い気がします。

 海外を見る限り定着していくでしょうけど、日本は今は過度期ですね。CBDの類はリラックス効果はあるのですが、日本では新しいものなので、情報弱者がその標的にされがち。見極めが難しいですが、少なくとも、ガンに効くなどと裏付けのないことを謳ったり、陰謀論などを言い出す方々には注意した方が良いかもしれませんね。

ー正しい知識を持つことが、大麻やヘンプの発展には大切なんですね

 私たちは「大麻を合法化しろ!」などと運動をしているわけではありません。大麻博物館をやっていたり、書籍を出したり、ワークショップをしているのは、正しい知識を持っていただき、大麻の良さを知っていただくためです。我々の活動目的は法律改正ではなく、フェアな議論が行えるように認知を広げることにあります。

ーこの過度期だからこそ読んでおきたい、新しい書籍が出版されました

日本人のための大麻の教科書. 「古くて新しい農作物」の再発見/大麻博物館 著 /イースト・プレス 刊 定価1,760円)

 大麻を通して、日本の伝統や歴史を紐解いている大麻博物館は、ジャンルとしては民俗学。博物館の意義は、正しい知識を知ってもらうことにあるます。そこで、大麻というネガティブにも取られるこの植物について、正しく、そして新しい知識を身につけていただきたいと思って、2021年5月に「日本人のための大麻の教科書 『古くて新しい農作物』の再発見」という本も出版しました。

 日本人の営みを支え続けてきた「大麻という農作物」は現在、非常に深刻な局面。他国に類を見ないほど大麻との関わりを持った日本人にとって、これは一大事のはずなのですが、危機感はなかなか共有できていません。そこでこの本では、多くの日本人に忘れられているものの、稲作より早くから栽培され、日本の衣食住を支えてきた「大麻という農作物」について書きました。

 日本の国技の相撲の横綱の綱も大麻である、という話であったり、へそくりという言葉の語源も大麻だという話であったり。日本人との関わりを改めて見つめ、信頼できる裏付けと共に大麻の情報を書きました。またヘンプに関しても、製品にヘンプを積極的に取り入れている超大手ジーンズメーカーさんのインタビューも掲載しているので、洋服好きの人はぜひ読んでみてください。

「海外では〜」という話ではなく、日本の歴史とデータを裏付けを持って説明しています。他人事ではなく、ちゃんと日本のこととして知って頂かないと、いつまでたっても日本社会のなかで大麻やヘンプの議論が進みませんからね。

私たちtennenもヘンプ製品を作っている以上、正しく理解をした上で大麻やヘンプに取り組まなければいけないと、身が引き締まりました。今回はお話をお聞かせ頂きありがとうございました。

前編はこちら

※各写真は大麻博物館提供。