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個性を尊重することで生まれる、幸せの循環 前編

手彫りウッドボタンのつくり手を訪ねて

tennen / テンネンのプロダクトは布や糸から付属品まで100%自然分解で、土に還るものを使っています。全て均一なものを作ることができる石油化学素材などに比べて、天然素材はそれぞれコンディションは不均一になりがちで、クオリティを安定させるにはその分人の手による作業も増えてきます。
通常、ボタンはマスプロダクトとしてありますが、工芸品のような味わい深さがあって、愛着を持っていただけるものにしたいと思っているので、tennen / テンネンの商品のボタンはウッドボタンや天然素材のものを使用しています。

今回の特集は、tennen / テンネンと取り組みを始めた、ウッドボタンのつくり手さんたちのお話。生産者から着る人まで、みんなが幸せになれるモノづくり。それが私たちの目指しているものなのです。

障害福祉サービス「空と海」

施設は裏庭に広がる明るい林と調和するような、木のぬくもりを取り入れたデザイン。デンマークで建築を学んだ建築士さんによる気持ちの良い設計です。

社会福祉法人「地蔵会」が運営する障がい者福祉サービス「空と海」。こちらは障がいを持った方々が通う施設で、生活介護、グループホームの運営を行いながら、労働継続支援も行なっています。私たちは2年ほど前から取り組みについて協議を重ね、この夏ようやくプロジェクトが形になります。今回は制作していただくウッドボタンの打ち合わせを兼ねて、生産の現場を見学させていただきました。

空と海に訪れてまず驚いたことは、とても明るい雰囲気であること。一般的にクローズドな場所と思われがちな福祉施設ですが、こちらでは一般の方との境界を取り払うかのように、というか「境界などないのだ」と示すように、誰でも気軽に訪れられるような店も運営していました。

「アトリエ空と海」では利用者さんの製作した木工の小物や洋服などの作品を一般販売し、レストランである「らんどね空と海」では施設で運営している畑で採れた野菜などを使った食事を提供。ギャラリー「ヒュッゲ」ではアーティスティックな作品を展示販売していて、「紙好き工房 空と海」では和紙の紙漉きや木工を行い、オーダー家具の制作もしているそうです。

日本でも何千という障がい者支援施設があり、障害者雇用も法整備されていますが、一般的には障がい者の方イコール「黙々と作業をこなすのが得意」というイメージがあり、施設では単純作業のお仕事を提供している場合がほとんどだそうです。しかし空と海ではもっとクリエイティブな方向で、利用者の個性を尊重したモノづくりを通して、関わるみんなが幸せになれる道を目指しています。

「自分も小さい頃から父に連れられて空と海に来ることがあって、その時から知っている利用者さんもいます。よく遊んでもらった恩返し……というと変ですが、そういう気持ちもあります」と奥野さん。

「福祉施設に行くと、みんなが何十年もずっと同じ作業をされているという方がザラなのですが、空と海では個人の向き不向きを見極めて、それぞれが得意で楽しめる仕事ができるようにしています。そのため仕事内容も紙漉きに始まり、木工や裁縫、陶芸、食べ物づくりなどとジャンルが増えてきたんです。レストランがいい例ですが、利用者さんがお世話した野菜を使って、利用者さんが作った木のトレイやお皿で料理を出して……と、それぞれ分業することで結果良いサービスが提供できます。一人一人が得意分野を本気でやっていれば、全体としてクオリティも高いものになります。僕はこういう活動が健常者の人とイーブンな体制づくりに繋がると思っているんです」

そう話すのは施設長を務める奥野瑠一さん。父で空と海の創設者である奥野満さんの活動を手伝う形で、自身で立ち上げたアパレル事業と並行しながら参画したのがソーシャルワーカーとしてのキャリアの始まり。ファッション業界で学んだ、人に喜んでもらえるモノづくりのノウハウを空と海で発揮し、障がい者と健常者の間の心理的なギャップを埋める、前向きな取り組みをされています。

対等な関係を構築するモノづくり

アトリエショップの一角。木工製品はフォトフレームやお皿などすぐに使える実用的なものから、細かなアクセサリーパーツやボタンなど、自分でクラフトを嗜む人が喜ぶアイテムまで幅広く展開。

もちろん他の障がい者支援施設でも商品を作って販売されているのは目にする事は少なくありません。しかし消費者の厳しい目線からすると既製品と比べて今ひとつ魅力に欠けたり、美味しいパンやお菓子などを作っているけれど販売先がパッとせず、結局買う人の善意頼みになってしまうパターンが散見されるといいます。空と海ではそういった現状を変えるために、職員が魅せ方や方向性を考えた上でモノづくりの指導を行なっているのです。

「一言で障がいと言っても、大きく三つのカテゴリーがあります。知的障がい、精神障がい、身体障がい。うちは知的障がいの方が8割で、そのうちの中に自閉症であったりダウン症が含まれます。個人によってそれぞれ異なりますが、自閉症の方はこだわりが強くて細かい作業が好きなので、お裁縫であれば刺し子であったり、木工であればグラインダーで磨く作業など、キチッとしたことが好き。真面目に作業をし過ぎちゃって、こちらがコントロールしないといけない時があるくらいです。また、逆にダウン症の方はアーティスティックで遊びのある感じが得意な傾向です。僕たちが発想できないような作品を作る方が多いですね」

利用者さんが刺繍、染色をした布を、裁縫やデザインに長けた職員が縫製。女性ものを中心に、どこかエスニック調の洋服やカバンなどが販売されています。

お話を聞いていると、秀でた能力を持っている利用者のみなさんの技術を活かすのも殺すのも実はその施設や指導者次第なのが分かってきました。

アトリエショップ一つにしても、ただの会議室のような場所で長テーブルを置いただけでは誰が品物を買いに来るだろう? 出来不出来は別として、モノとして愛着の湧かないものを作って誰が心を動かされるだろう? 福祉施設なので生活介護を基軸に置きながらも、モノづくりまで気を配らなければいけないのは大変なことだと思います。

アトリエショップの商品や作業をされてい利用者のみなさんの姿を見ていると、それまで福祉と深く関わりを持ってなかった私たちも、社会と関わるアプローチとして何をすればより皆んなのためになるのか、なんとなく気がつけた気がします。また、障がいを持った家族の人たちを持っている方からすれば、その想いにもっと強く共感を抱くはず。施設に預ける保護者の立場であれば、空と海のように、一歩踏み込んだことをしている施設と付き合いたいと思うのではないでしょうか。

「僕自身、この仕事に就く前は障害者の人たちが働くということに関してマイナスなイメージを持っていましたが、そういうことばかりでもないんだなとすぐに気がつきました。うちではみんながのびのびと過ごして、工作をする感覚で商品を作っていて。そしてサービスとして提供することで地域の人にも愛されていて。空と海のモノづくりは紙漉きに始まっていているのでアート的な活動もやっていますが、今は『ちゃんとしたクオリティで品物を作って、誰もがハッピーになれるように』というところに落ち着いています」

躊躇してしまうような、刃物を使った木工仕事も

アトリエから徒歩数分の場所にある木工の作業場にも広い林が。木漏れ日が射すテーブルで作業している方もいて、春の心地よい陽気を楽しみながら木工に取り組んでいました。

「紙好き工房 空と海」では、20名ほどが木工仕事に従事。小指の先ほどの小さなものからレストランで使う巨大なテーブルまで、板を切り出すところから最後の仕上げまで一貫生産を行なっています。テーブルソーで木材をカットする工程も、グラインダーで表面を磨く工程も、ノミで穴を穿う工程も、みなさん平気な顔で作業しているから驚きです。障がい者の方に刃物や電動工具を使う仕事を与えるということは、きっと他の施設ではタブーかもしれませんが、これも空と海の思想の一つなのです。

「もちろん親御さんも理解の上です。うちに入ってくる時点で、こういうところだと理解した上で利用してもらう。安全だと言い切れもしませんし、たまに怪我をしてしまうこともあるけれど、スタッフは常に近くにいて、使い方も教え、その利用者さんが道具を使えると判断してやって貰います。敏感になっちゃうのもわかりますが、そもそも選択肢を取り払っていまうというのが日本の障がい者教育の悪い点かもしれません」。と奥野さんは話します。

船橋市は梨農家が多く、剪定や伐採の際に出た木材を無料で提供してくれる農家さんがいるそう。木工の材料としてや施設内の薪ストーブの燃料に活用されています。

小さな木のパーツの角を卓上の糸鋸盤でカットし、ボタンのシェイプを作っていく作業。慣れた手つきでスイスイと仕上げていました。

この工房を作った20年前は素人ながら工作を始めたのだそうですが、そのうちにスタッフのスキルも向上して幅が広がっていき、今では大工を引退した職員も加わり、品質も高いレベルになってきているそうです。

アトリエで販売されていた木工の商品も見せていただきましたが、その木工作品の表情は様々。オーダーを受けたものでなければ基本的には作風はおまかせらしく、ノミ跡を大胆に残したものもあれば、すべすべになるまで磨くように研磨されたものもあり、バラエティ豊かです。中には大黒柱として使われるほど硬い木として知られる、目の詰まったケヤキの木を使ったお皿などもあり、量産ベースでは作れない工芸品といった趣のものもありました。

「オーダーを受けた家具やボタンなどは別ですが、利用者さんにノルマというのは設けてなく、自由に作ってもらっています。また、オーダー品といっても作り手のプレッシャーにならない程度に納期に余裕も持たせてもらっているので、そこもあらかじめお客様にご理解いただいてます」

サンプルを見ながらのボタンの打ち合わせ風景。隣には仕上げ待ちのバッグのハンドルやフォトフレームが。

「これまでは一般のお客様を相手に品物を作るということが普通だったのですが、最近は企業との取り組みも増えてきました。絵をポスターに使っていただいたり、テーブルや椅子をオーダーいただいたり。これからはそういう企業との取り組みを通して、世の中に出て行くっていうことを出来たらと思っています。ただ難しいのは、『障がい者がこんなことしました』『障がい者の感性がすごい』という取り上げられ方は実は望んでいなくて。なぜかと言うと『障がい者』だと区切ってしまうことは、切り離してしまうことと同じだからです。支援いただいたくという側面がある一方で、そこは難しいのですが……。なので、そういった事を声高に謳うのではなく『tennenのボタンを作っています」とか、そういう活動を認めていただいた上で、私たちと一緒なんだ、っていう風に感じてもらえたらと思っています」

私たちtennen / テンネンの活動も、巷でいわれているSDGsやサスティナブルというような言葉にしてしまうと一枚フィルターがかかった感じに受け取られかねません。奥野さんのおっしゃるように、だからこそ行動として示していく必要があると考えさせられました。

アトリエショップにもボタンは販売されているので一般の方でも購入可能。素材も形も様々で、インスピレーションが湧いてきますね。

さて、今回皆さんに作っていただいたボタンは、北海道・ニセコで今年開業するとある旅館の館内着用。tennen / テンネンとコラボレーションで、デザインから生産まで依頼を受けて作っています。サイズや色や穴の数などは指定させていただいたものの、ノミ跡などはお任せ。完成が楽しみです。……と言いつつ、実はこの館内着は一般販売されない予定ですが、これをきっかけに、tennen / テンネンの製品でも手作りウッドボタンを採用した製品も制作予定。ご期待ください。

次回の配信では空と海の活動を深掘りしていきながら、新製品である「飛脚エプロン」の取り組みについても触れていきます。

後編へ続く!