2019年3月末で、tennen/テンネンは1周年を迎えます。あらためて、これから先の服づくりを見つめて、ブランドのディレクションとデザインを進める小栗が、その想いをみなさまにお伝えしたい!
と手を挙げました。
前編では、tennen/テンネンの服づくりへの想いを語ってもらいました。アツいです!
ブランド立ち上げから1年を振り返って
―この1年を振り返って、どうですか?
最近は、ようやくやるべきことが明確になってきた感じかな。考え方のベースは、いまになって再度まとまってきていると思う。
これからtennen/テンネンがやろうとしている、
「リサイクル、生分解性100%、オーガニック、日本製、このすべてを組み合わせた“循環する服づくり”を実現させて、ユーザー、生産者、僕ら、自然環境みんなをハッピーに」
なんだけど、依然難易度は高いし、世の中にあまりない商品の考え方だったりするから、そこはやっぱりチャレンジしていかないとだね。もちろん、やるべきことはわかってるんだけど、まだ誰もやったことがないような事柄がとても多いから、そこを乗り越えていくっていうのがすごく大変かもしれない。
だから、この過程をもっといろんな人たちと共有していきたいと思ってる。例えば、自然環境に対して敏感な人たちとか、すでに行動を起こしてる人たちとか。一緒にムーブメントになるようなことをやれれば、すごく興味深い動きになるのかな、と。
で、楽しまないとね! みんなも、僕らもハッピーになれないと意味がない。だから今年は、ユーザーのみなさんとフェイス to フェイスでコミュニケーションが取れるような場所にも出ていきたいというのはあるかな。
tennen/テンネンとして、ブランドを継続していくことで、ユーザーさんと生産者のみなさん、僕ら、そして自然環境すべてがハッピーにならないといけないので、その輪を保つことに努力を傾けたいと思ってる。そこはすごい意識してるよ。だって、一生懸命服をつくって、より多くの人々の手元に届いたとしても、だれかが不幸になってたら、なんの夢も希望もないから。
どうやったら、みんな幸せになれるのか?
―これからの時代の服づくりって、なんでしょう?
否定はしないけれど、ファストが始まって以来、洋服にまつわる全体の傾向がより安く、より簡単に扱われやすいイメージになり、洋服というものの価値が変わったと思ってる。それによって、僕らも含めた多くのユーザーの見る目が、数字がいちばんという風潮になってきたのは否めないよね。例えば、「安く買えるから云々」とか「何枚つくるから安くなる」とか「ここと、ここを省くから安くなる」とか、比較的すべて数字で導いたような洋服のあり方。それは確かに大事なんだけど、これから先の時代にものづくりを続けていく僕らがそこを目指してもしようがないし、いまさら数字がすべて人を幸せにするとも、みんな思ってない。
本当に「どうやったら、みんな幸せになれるのか?」っていうところかな。もちろん、キレイゴトばっか言ってて、みんなに着てもらえないんじゃ意味がないんだけど。クオリティを上げながら、利益を上げながら、良き方向に向かっていく。もちろん生産者のみなさんも、ユーザーのみなさんも幸せになれるように。
それがいちばんの軸かな。その軸があっての、tennen/テンネンというブランドのいろんなアプローチが出てくるのかなって思ってる。
いくらブランドが利益を上げても、生産者が理不尽な働き方とか安い工賃で働かされたりしていたら、その服はなんなんだろう、って。そういう状況をもっとなくして、みんなでやっていく時代がもう来てるんじゃないかなって。
でないと、もうもたないでしょ。どこもかしこも……。工賃が安いところ、安いところって言うと、今はアフリカだ、って行って。で、今度はアフリカのなかでも工賃の安いところへ……って向かうと、もうすでに限界点が見えちゃってる。
じゃあ、グローバルじゃなくて、ローカルで考えたときに、近所やまわりの人たちが幸せになるのって、どうしたらいい? 隣の人に働かせとけば、人は幸せになれるの? って。
震災とかもあって、自分たちの生き方とかをそれぞれみんなが模索し始めるようになって、「何に価値があるの?」っていうのを、みんなそれぞれにものすごく考えてる。それぞれの価値観が多様化していてる証拠じゃないかな。
固定概念を超えていくチカラ
tennen/テンネンは、たまたま洋服が媒介となっているけれども、洋服を飛び越えた意味を持ってやっていきたいよね。
昔、洋服は大事に大事にされていて、修理しながら1着の洋服を長く着ていた。次に、ファッションという煌びやかなカルチャーが生まれて、それがマスまでたどり着くと毎シーズン趣向を変えるようになって、トレンドなんかが生まれて、そのなかでファストっていうまったく違った業態の洋服が出てきて。安く手に入るという、ある種革命的なことにはなったけれど、その背景でいろんな弊害も生まれてきて。だから、僕らはそこからまた違った、未来の洋服づくりっていうのを考えていかないと。
―生産背景のどこかで誰かが涙をのんで「洋服が安くなってる」っていうのもあるけど、それ以前に本当は、どんなものであっても大切に扱えばいいのに、「安いから使い捨て」って感じてしまっている僕らもどうなのかな? 安くても長く着られるわけじゃないですか?
そうそう。そういう感覚的な部分も大事だよね。
価格だけがフィーチャーされると、その背景にある、「どんな商品で、どんな人たちがつくっているのか」っていうところが見えないし、気にならなくなっちゃう。
値段が安くないのはもちろん理由があってのこと。例えば、日本で正当な価格でTシャツをつくるとなったら、一枚あたり、ぶっちゃけ工賃だけで800~900円。でも、その工賃はギリギリのラインなんだよね、日本の物価水準なんかを加味すると。生産者のみなさんは、本当はもっともらいたいと思うんだけど。そういう背景が、価格の安くない洋服にはあると思う。高けりゃいい、ってことではないと思うんだけど。
―自分たちは、暮らしのなかでサービスを受ける側でもあるし、提供する側でもある。買うときは安いのがいいけど、売るときは高い方がいいという……(笑)。人間のサガなのかもしれないけれど。だから、両方上げてかないと、やっぱり自分で自分たちの首を絞めることになっちゃう。
洋服って、知れば知るほどめちゃめちゃ大変だからね、つくるの。糸まで辿り着くのにどんだけエネルギーを使って、どんだけの人が関わっているのか? 次に、糸から生地をつくるまでは? 縫製は? って……。
最近すごく思うのは、心の豊かさや成熟さをもっと考えないといけないんじゃないのかなって。暮らしのバランスっていうのを、どういう方向づけをして考えるのかって、ものすごい大事な気がして。多様化すべきだし、いろんな生き方があっていいと思う。
それとおんなじで、ブランドも服づくりも、「こうでなくちゃいけない」っていうのを取り払いながら、新しいアイデアとか洋服のあり方を模索していってもいいんじゃないかなって。いままでにない方法で。
―「こうでなくちゃいけない」のは、なんでそうでなくちゃいけないんですかね?
自分も本当に気をつけているんだけど、“固定概念”って経験から来るものなんじゃないかなって。いままでの成功に目が行き過ぎちゃって、過去の事例を洋服づくりに生かそうとするけれど。でも、そこを振り払って、切り離して、もう一回考えていかないといけないなって常々思ってる。素材づくりの仕方とか、考え方とかね。新しいプロジェクトって光も何も見えない状態で、産みの苦しみがあって、もがき苦しむから。仮に成功事例があって、「そこを通ればOK」っていう道があったら楽だし、確実だし。でも、そこからつまらない固定概念が生まれるような気がしてて。
やったことないことやるんだから、成功するか失敗するか、それはわかんないよ。でも、そのなかで成功するということを信じ続けないと新しいものはつくれない。だから、周囲の理解とかポジティブなパワーとかが、すごく大事なのかなって。それこそが、乗り越えるための力になるから。
突き抜けないといけないんだよね。