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やさしい人に還る服

日本の服づくりの、いまとこれから〜01(前編)

tennen / テンネンは「自然分解100%、リサイクル、オーガニック、日本製」をコンセプトに、天然繊維の循環する服づくりを通じて「ユーザー、生産者、自然、そして私たち自身、みんながハッピーに!」を目指すブランドです。
私たちの天然繊維の服はざっくり、糸づくり→編み立て→染色→縫製の工程を経て、1枚の服として完成します。
今回は、“編み立て”の工程でご協力いただいている、和歌山県はオカザキニットの3代目、岡崎社長に、服にまつわる過去、現在、そして未来についてざっくばらんにお話をうかがいました。オカザキニットは国内の天然繊維での丸編み編み立て(=ニッティング、=カットソー)を担う第一人者です。

今回はその前編です。

日本の服づくりの、いまとこれから
洋服にシンプルでピュアな感覚を

tennen / テンネン(以下、t)
日本生産だったものがどんどん海外に流出したりと、業界的にも構図がさらに急速に移り変わってきていると思うのですが、現状はどうでしょうか?

オカザキニット岡崎社長(以下、o)
産地すべてに言えることは、ピーク時の1/10、もしくは1/20。これは企業数も、生産量も、販売額もですね。
われわれの会社がある和歌山は、昔で言うところのメリヤス、いまで言うジャージや丸編みのニット生地の中心的産地のひとつで、全国でも50%強のシェアを持っています。和歌山以外で丸編みの産地といえば、尾州と呼ばれる愛知県、岐阜県あたりしかないと言っていいくらい。大阪や奈良はもう片手で数えられるくらいの企業数しかないんです。関東のほうに行くと群馬県の足利や桐生が有名ですが、もう3社くらいしかないですね。デニムなら、備後と呼ばれる岡山とか広島とか。この辺りにしても現在何社あると思います?「日本一の」とか、「世界に冠たるデニム」とか言われているけれども、実際は20社もないんですよ。
さらに、服づくりの肝腎要な縫製業なんかだと、「日本一」と謳われた東京の本所地区、現在の両国辺りですが、ここももうピーク時の1/20~1/30ぐらいの規模なんです。

t
先日、縫製工場さんにも話をうかがったんですが、本当に切実でした。
日本製のいちばんのピークはいつだったんですか?

o
和歌山で言えば、私どもの先代が立ち上げた昭和25年前後、これが企業数で言うといちばんのピークでしたね。
で、メリヤスからジャージ、ニットに変わったきっかけは、第一次東京オリンピックです。
このときに日本選手団のユニフォームのジャケットとパンツ、そのレプリカ的なものをアクリル100%のポンチという編み組織でつくった。これをきっかけに合繊の編みがいわゆるジャージという名前になったんです。
次に火が付いたのは、この翌々年ぐらいから。共産圏向けの輸出がスタートしたんです。それが昭和30年後半から40年にかけてのころ。当時、ここの産地で大規模な企業っていうのは3社あったのですが、当時の合繊をやっておったニッターは、いまではゼロです。なぜか言うと、規模拡大しすぎて結局設備投資に喰われてしまったんです。
工業的なメーカーをやっているとなおさらなんですが、販売と生産のバランスっていうのは必ず狂ってくるんです。どちらかと言うと、ものをつくるほうにウエイトを置いてしまって、販売がおろそかになってしまうんです。販売が抜きん出て、ものづくりがおろそかになった企業で潰れたところは皆無ですよ。よく言われたでしょ?「技術の日産、販売のトヨタ」って。で、その日産は潰れかけた……。

t
この日本において、産地が縮小していって、製造業自体も縮小化していって、海外にどんどん流出している。
そんな逆風のなかで、オカザキニットさんは生き残って確立させていますよね。

o
『差別化』と『定番』っていうのがあるじゃないですか?
定番を自分のところ、いわゆるお膝下=自国でやって、差別化を海外でやって……っていうやり方をしてるのはアメリカです。で、日本は逆に差別化を自国内で、定番の量産型を海外で……って、こうやったんです。 で、結局「生き残ってるところはどこか?」って言ったら、アメリカ型のほうなんです。
なぜかと言うと、定番的なものを量産型でやるというのはシステム化できるんですよ。システムを組むというのは、ある程度の能力がないとできないんです。もちろん設備力だけじゃむずかしい。で、量産型は効率化できる。
一方、「手間ヒマかかるものは自分のところでやったほうがいい」という日本人的な発想が通用しないというのが、世界のスタンダードなんですね。
過去に某海外アパレルメーカーが爆発的に売れた時代がありました。
その手法とは、時差というものを利用して、全世界でトレンドをぐるぐる周回遅れでまわしたんです。イタリア、ヨーロッパからアメリカ、アメリカからアジア圏っていう順番で。これを一周させるのに何年もかかるんですね。で、一周終わって「また次の……」ってなったときに、新しいものを出さなくてももうトレンドが変わってるから、同じ商品でもいけるんですよ。ユニフォーム的に同じものを大量に長時間かけてつくるというのが、いちばんコストダウンを図るための最たるもんなんです。そういうのを分かってやってたんですね。 だからすごいデザインのものはひとつもないですよ。セーターライクなもんで言うと、本当にセーターかベスト的なものだけですよね。あとは原色カラーとそのブランディング。
そしていま、情報化社会に移り変わって、グローバルに時差がなくなっちゃって、「いまのことがいまわかる」っていう形になっちゃったでしょ、すべての部分において。基本的に時間の速さというのは変わってないんだけど、伝達速度だけがべらぼうに速くなった。だから、「ここだけの限定」とか「特別な仕様で」とかっていうのが通用しなくなっちゃったんです。
すべてが当たり前になっちゃった。

t
いま、洋服に対してのおもしろみだったり、ワクワク感っていうのを捉えていくと、ユーザー側がその部分に対してあまり価値を求めていないと言うか、そういうことをすごく感じるんですよ。

o
完全に二極分化してるよね。「興味があるか、興味がないか。」だけですよ。
選択肢があまりにも広範になり過ぎた。
食べ物の味ひとつ捉えてもそうじゃないですか?「甘いか、甘くないか。」じゃなくて、「甘いなかに段階が10個ある。」っていうのが、いまの時代なんです。その差ですよね。

t
最初に貴社にうかがって相談差し上げたあと、サンプルをあげる数とスピードがものすごいと思ったんですよ。それもやはり、その多様化に対応するためですか?

o
興味のある人に対しては、それくらいの物量を出したほうが気を引くというか、興味を持ってくれるんじゃないかなと。確率重視でいくと意外と的外れになってしまいそうで。
相手が個であれ、組織であれ、まずはこっちを向いてもらわないことにはスタートできない。そうするには何が必要か。価格なのか? あるいは素材的な風合いなのか? なんなのか分からないじゃないですか。だから、とりあえず片っ端からっていう形しかない。ロスはできるだけ出したくないけれども。

t
結果として、そこに対して共感してくれるブランドも増えてきてるっていうことですよね?

o
いや。過去はあったかもしれないけど、いまはパートナーと言える形態はますますなくなってきていますね。
これは、規模が大きい、小さい、または業種関係なく。「ここの企業向けになんとしてもこの材料をキープして納めなきゃいかん」という使命感的なものが必要なくなってきていると思う。例えば、食品業界を見たときに、それこそ問屋を飛び越して自分らで海外調達に行ったりとか。もうありとあらゆる選択肢ができてきとるじゃないですか。
われわれとしても、「ひとつのものを大事に育てて、どうこうしていこう」っていう長期的な視野を持った構築ができないような土壌になってしまったというか。
資金の調達方法にしたって、クラウドファンディングとかっていう風なものも出てきて、従来であれば銀行や国金などで融資を受けるしかなかったのが、まったく変わってきたのが、当たり前でしょう

t
いい部分があり、悪い部分もあるわけですよね。

o
ひとつ確かなのは、もう戻れないってことですよね。
大きな海原に船を出してしまった。一度丘に戻って……っていうのができなくなった。

t
さまよい続けるしかないですね。

o
もしくは自分で目標を決めて、迷いなく進むしかない。

t
そのようななかで、「仲間の船と一緒に」っていう気持ちは、社長のなかにありますか?

o
こちらがなんぼ歩み寄っても、相手が気が付かないと思う。もっと言うと、そこまで余裕がないと言ったほうがいいかな。自分のことで必死で周りが見えない、そんな状況じゃないかなと思う。

t
世界的な規模でみると、洋服の供給量は右肩あがり。でも消費量は日本だけ見てみると下がってきていて。
でも実は、日本においても消費量は海外からの輸入っていうのも含めてですけど、上がってるという認識なんですが……。

o
これは数字のマジック。廃棄ロス分というのが入っていないですよね。廃棄ロス分が当たり前の時代っていうのは、それも消費だと思って換算してたし、その数字で売れたと錯覚してしまっていた。つくる側はね。
でも販売側は気づいていたこと。いかに廃棄ロスがないようにやるか。いわゆるこれが在庫調整ですよね。ちょっとバルブを閉めただけで「需要が減退した」という風にマーケットは思ってしまうけど。
一説によると、廃棄ロスは年間20億枚とか言われています。一枚あたりの服に使われている素材が300gと考えたら、何トンになりますかね? 膨大な資源のロスです。 

t
洋服って、自動車と同じようにたくさんのパーツの製造が分業化されていて、人もエネルギーも膨大に関わってるじゃないですか。コストっていうところでいくと、やっぱり賃金も上がってるから、日本生産に関しては、本来ならば確実にコストを各パーツごとに上げていなくちゃいけない。だけれども、でき上がった完成品しか見ていないと、「安ければいいだろう」で済まされてしまう。これも世の中の悪い症例だと思うんですけど、そこをなんとかしなくちゃいけない。
だから、ワンチームじゃないですけど、そこでユーザーにどうアピールができるかとか、どういう風にすれば分かってもらえるか、など。どうやっても日本生産は高くならざるを得ないんですけど、どうすればその高い付加価値のある商品というのをわかってもらえるかなっていうのが、メーカー側の責任でもあるのかなって。

o
まあ、ひと言で言うと飾りすぎじゃない?
例えば、ポップとか、タグとか、機能とか。要するに、ありとあらゆる部分でオーバーデコレーション的な感じで、講釈もひっくるめて言い過ぎだよね。
いいものって、飾り言葉はいらないじゃない?というようなものづくり、それをひっくるめると『シンプル』ということになってくる。
よく聞くじゃないですか、「食べ物のなかで何がおいしい?」って。「コメがいちばんおいしいね!」っていう声が多いんですよね、中途半端な料理よりも。そこに「おいしい米って、なぜおいしい?」って言う講釈はいらないよね。とにかく食べておいしいのだから。

t
私も常々洋服のことを語るというか、僕の頭のなかでいちばん大事にしていることが、「素材がよければ無駄な味付けはいらない」ってところ。デザインや企画を考えるときにいちばん最初に浮かぶことなんですよね。いまおっしゃったように、「素材さえ良ければ何も要らない」というか、そのものの良さを感じてもらえたらなと常々思いながら企画をしています。なので私の企画はどちらかというと素材がいちばん最初にくるんです、デザインとかじゃなくて。それで、その分シンプルでいい、という考えです。

o
先日たまたまテレビを観とってね、この辺でアパレルと関係のない会社さんが、「表とウラ、前と後ろのない子供用の肌着」っていうのを開発して、クラウドファンディングからスタートさせて、いま結構な人気になってきているらしいんですよ。
たまたまお子さんがまだ小さいらしくて、着させるときや洗濯したあとたたむとき、いちいち表とウラを見てやらなきゃいかんくて、こりゃ大変だと。「だったら表とウラをナシにしたらどうなるの?」っていう発想で。パターンがどうとか、あまり専門的なことを考えはしない。
切り口はいろいろありますよね。いまも現存している日本のアパレルを引っ張ってこられたデザイナーの方々も、スタート時点はみなそんな発想だったもんね。そんなにむずかしく考えてない。

t
おっしゃったように「むずかしく考えてない」っていうのは、昔はわくわくドキドキ、洋服そのものに期待感とか、ウンチクよりももっと感覚的に「なんか、これカッコいいよね」とか、「かわいいよね」っていう部分で買っていたものが、いまは結構オーバースペックで「これがあるから便利……云々」って、確かに謳い過ぎっていう部分はありますよね。
洋服本来のピュアな楽しみかたをまた復活させたいですね。

コットンやリネンに代わる
産業用ヘンプの可能性

t
ここからは、ヘンプ繊維についておうかがいさせてください。
いまヘンプは産業用として解禁され、繊維ほかさまざまな業種で利用され始め、市場がどんどん大きくなってきています。中国などもこれに対し、さらなる繊維の開発を推し進めてたりしています。

o
もう年数も経ったからそういう争いにはならないと思いますが、もともとヘンプという素材を市場から消したのは、実はアメリカの石油業界なんです。
繊維に関して言えば、今後リネン以上に伸びる素材だと思います。いちばんサステナブルとか、地球環境保護などにかなっている。
みなさん、ヘンプのことを大麻という言い方で勘違いされているけれども、繊維に使うのは産業用ヘンプの茎の部分なんです。これを絞ったら食品用のオイルも得られる。全然毒性はないんですよ。しかも発育が早い。

t もうひとつ、あらためてびっくりしたのは、ヘンプ繊維の機能性です。消臭効果もありますし、速乾性もここまで高かったんだって。繊維自体も結構丈夫なので、理屈上は長持ちするんじゃないかと思っています。

 o
繊維の構造がいわゆるストロー状になっているから、繊維中の湿気を外に出す吸水速乾を兼ねています。
なおかつリネン以上に繊維の構造が中空状態になっていて、衣類の素材として非常に優れています。これを起毛させることで、秋冬用素材としても使えるんですよ。

t
私のイメージだと、今までのヘンプ糸って編みにくく、すぐキズになるという印象だったのですが、編むときのむずかしさって、だいぶ解消されてきてるのでしょうか?

o
編めるように工夫するのがニッターの仕事であり、他社が編めないものを自社で編めたとしたら、これがノウハウです。そして編めたものに対して、例えば「ちょっとガーゼ調で薄いから、もう少し密度を詰めてくれない?」とか、ちょっと詰みすぎだから粗くしてくれない?」とか。 これは、お互いの駆け引きではなく、ものづくりに対する前向きな意見交換です。

t
先ほどの素材もそういうやりとりから生まれたんです。
2色あるうちの黒いほうがちょっと透け感が目立つっていう意見交換をしたところ、「じゃあ、洗ってみようか」っていう提案をいただいて。で、洗うとそれが比較的解消されたんですよね。そういう積み重ねですよね。

o
ヘンプ100%を製品展開する場合は、縫製メーカーから上がってきた商品をそのまま出すんじゃなくて、必ず洗いをかけてタンブラー乾燥、もしくは天日干ししてから出してください。 洗いをかけていないと、ユーザーが買ったときと洗濯したときの表情が変わってしまうんですね。 縫製はどこでされたんですか?

t
名古路コーポレーションという愛知の縫製屋さんです。
ヘンプは糸の伸び縮みが少ないので、着用時の首の通りがキツく感じたので、だらしがなくないギリギリのラインで襟ぐりを微調整しています。3回ぐらい調整しました。

o
きれいに仕上がってますね。

t
社長のお目にかなうかと思って、ドキドキしちゃうんですけど(笑)。

o
パターンは考え直した方がいい。このサンプルだと斜行しちゃってるままでしょう? 裁断時に目に沿ってパターンをおこせば直るんだけどね。気にする人は気にするんだよな。だから、何パターンかやってみて、比較してみてね。いちばん表情の良いものを。ただ「こうなりました」じゃなくてね。
きれいに始末してるね。いい表情やね。

t
ありがとうございます! 編み立てていただいた生地もいいからですね。
社長のようにヘンプに関しての理解があるかたって、まだまだ少なくって。
ヘンプ100%のTシャツって、いままでつくったことありますか?

o
国内でヘンプ100%ができる紡績っていうのが、これまでなかったんですよ。

t
確かに。ここまで細い糸が出てきたっていうのは過去にないですよね。やっぱり需要が出てきたからでしょうか?

o
技術の進歩ですよ。開繊(繊維をほぐすこと)の技術。リネンもそうですが、鍋で茎を煮て軟らかくしたあと、叩いてばらしていくんです。で、バラしたものをさらに叩いて柔らかくして……。当然のことながら手間ヒマがかかるんです。

t
一般の方々にヘンプ素材の可能性はまだまだ浸透していないなかで私たちはチャレンジしようとしています。
日本ではいまだ、ヘンプ素材に対する表記は『指定外繊維』です。

o
日本で最古の繊維素材として正倉院に祀られているのはヘンプなんですよ。
実は日本では非常に歴史のある繊維素材なのにね。

後編に続く!