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循環する服

本当の服のリサイクルって、なんだ!?

わたしたちテンネンは、「ゴミを出さない、生まない、服づくり」をいちばんの目標に掲げて、リサイクルを前提とした服づくりにフォーカスしています。その仕組みのなかで、ともにこのチャレンジに足並みを揃えてくれている仲間のひとりが、繊維リサイクルを80年以上も続けていらっしゃる、横浜市のナカノ株式会社さんです。
今回は、ナカノ横浜工場の統括をされている藤田さんを訪ね、みんなもあまり知らないであろう洋服のリサイクルのこと、いろいろうかがってきましたよ。
「へ~、そんな風になってるんだ!」がいっぱいです!

繊維のリサイクルに注目が集まってきた!

テンネン(以下、T)
洋服のリサイクル率って、紙とか金物類とかと比べてだいぶ低いと思うんですけど、現状ってどんな感じなんですか?

ナカノ藤田さん(以下、N)
大規模な繊維のリサイクルっていう話は、アパレルメーカーさんからなかなか出てこなかったんですが、ここ最近になってちょっと増えてきたので、「お、変わってくるのかな?」って感じています。最初にテンネンさんとお話して以降、もう3社くらい来てますね。

T
へー、すごいね! そういう流れが来てるのかな? そうなれば、僕らはものづくりの段階からリサイクルを前提にしてるっていうのが強みになるよね。

N
いちプロジェクトとしてやるくらいでしたらみんなもやるかもしれませんが、結局それってまた流行で終わってしまう……。一過性のね。本当に思いを入れてできるかどうかって重要です。サステイナビリティのあるモノはやっぱりいいと思うんで。あとは継続性ですね。

T
わたしたちのものづくりは、生分解性のある素材の選択から始まって、芯地もコットンで、ボタンや縫糸もすべてリサイクルを前提にしたプロダクトをつくっているので、おもしろいことになるんじゃないかなと思ってます。 ちなみに、リサイクルの行程ってそもそもどんな風になっているんですか?

N
弊社の横浜の工場は途中の行程までしか行なってなくて、そこから先はフィリピンの自社工場に持って行きます。そこから本当のリサイクル用途に分ける選別っていうのを行なっています。どの国でも繊維リサイクルを生業にしている工場は、みんな選別が主な行程なんですね。つまり、選別しないとコトが始まらない。昔は日本にもいっぱいあったんですが、人件費の問題で、当社は20年前に大きな生産はフィリピンに工場を建てて、そこで一貫してる。唯一、国内で秦野の自社工場だけがその行程を最終までやってて。本当はそちらに見に行ければよかたんですが。
さて、話を戻して、一般家庭から回集された古着を選別する行程で、日本でしかリサイクルに向かないモノっていうのがあって。それを海外に送っちゃうとゴミになってしまうので、横浜の工場ではそこまでの選別を行ないます。それ以降の選別はフィリピンの自社工場に送って、二段階で選別しています。
そのアイテムというのは、みなさんもイメージのつきやすいリユースの古着。これは国内向けの古着もあれば、海外向けの古着もあるんですが、海外向けが圧倒的に多いんですよ。ほぼ海外向けです。で、古着に向かないものは工業用の雑巾である「ウェス」用に選別されて日本に戻したり。それにも向かないものは「反毛(はんもう)」、つまりもう一度繊維のワタにして、自動車の内装だったり、軍手にしたり。古着、ウェス、反毛。主にこの3つですね。これをフィリピンで行なっています。 フィリピンは古着の輸入禁止国なので、当社はフィリピンの保税区域内、要は治外法権が認められた地域に誘致を受け、創業しました。で、一度日本から古着を入れて、そこからハブで第三国に渡すという役割を担っているんです。 でも、フィリピン歩くと古着屋さんっていっぱいあるんですけどね笑。どういう形で入ってきているかわかんないんですけどね。

古着のルーツは室町時代??

T
リサイクル業の歴史って長いって聞いたことがあるんですが?

N
はい、めっちゃ長いです。
商店レベルで言ったら、室町時代から古着が再流通してたっていう文献が残ってるようなので。 産業として成り立ったのは明治以降ですね。主に軍事向けがほとんどです。いまでもなんですけど、いわゆる「ボロ屋」って言われてて。襤褸(らんる)ってムズカしい字を書くんですが、これが「ボロ」っていう意味です。その時代は中古衣料っていうモノは存在していなくて、みんなボロボロになるまで着古してた時代ですね。家庭の中で使い切る。それだけ日本は資源の少ない国なんです。だから、最後に余ったものは本当のボロクズなんですね。それをわれわれボロ屋が集めて、火薬の中の一部だったりとか、雑巾だったりとかにリユースしたり。あと、この頃はウールの文化も入って来ているので、ウールの軍服とかっていうのも、着古したらまたワタに戻して、糸に紡いで、また軍服に仕立てるっていうのの繰り返し。 まず最初はウェス、つまり雑巾向け。それと反毛。さらにもう一つ、当時は紙もつくっていました。洋紙っていうのが明治時代に外国から入ってきて。当時は木材パルプをつくる工場が整ってなかったので、ボロの綿の着物や浴衣のクズをバラして紙をつくっていた。1800年代ですね。だから人口密集地に製紙工場ってつくられていったんですよ、最初は。東京の王子とか、まさに。あそこが発祥というか、歴史ある場所ですね。1940年代には、紙の原料は完全に木材パルプにとって代わっちゃったんですけど。
当社はいま創業83年なんですけど、創業当初は「製紙、製綿原料問屋」という肩書きが屋号の前についてましたね。実はうち、「ボロの話」っていう本も出してるんですよ。もう廃刊になってしまっているんですけど。

T
繊維のリサイクルって、そこまで歴史があるのに、世界的に見てもそのリサイクル率って全然上がってないじゃないですか? 複合素材であったりとか、いろんな要因があるとは思うんですけど。そこまでみんなに身近なプロダクトなのに、何でなんですかね?

N
ドイツにおける繊維リサイクルに関する映像は見たことがあるんですけど、抱えてる問題は日本と一緒ですね。つまり、回収する方法はいくらでも増やせるんですが、リサイクルの部分は「出口の開拓」っていうのが絶対必要なんですよ。いまテンネンさんとわれわれが一緒になって取り組んでいるようなトライアルがそうで、まさにそこが課題で。
昔、布製品のリサイクルが盛んだったのは、家庭的にも工業的にもコストが安かったからなんですよね。衣類は使い切るのが当たり前だったんです。で、戦後、繊維産業が非常に発展した時にはまだ、繊維クズをリサイクルするのは当たり前だったんですが、転機はやっぱり化学繊維が出てきた1950年頃からですね。化繊が広く一般家庭に普及していき、大量生産が可能で原料が安いことも、だんだんそれを助長していって。衣類をリサイクルする理由が薄れてきてしまった。 さらに、化繊っていうのは当社の業界では扱いにくいモノだったんですよ。ウェスをつくるって言っても、石油からできた布で油を吹くことはできないですし、反毛にすると言ってもコストを考えると新品をつくった方が安い。そうすると、もう出口がないんですよね、化学繊維の衣料品って。
その状態がずっと続いてったんですけど、化学繊維が登場したことによって、洋服がお求めやすい価格になっていきました。で、高度経済成長で、一般家庭の所得が上がる。そうすると洋服の保有枚数が増えてくる。で、消費するサイクルが速くなっていって、われわれの業界には着られる状態の衣類が入ってくるようになったんです。それが1970年頃。洋服だけじゃなくて、日本の中にゴミがいろいろと増えてきて、公害問題とかが起こったり、初めて日本でもモノが余る時代が来たんですね。 でも、われわれも、廃品の量がたくさん増えても扱い切れない。で、中古衣料っていう概念を思いつくんですよね、まだ着られる状態だから。……って言っても、日本国内は高度経済成長だから、古着を着る文化などなかった。アメリカの古着はファッションとして取り入れられていたんですけど。そこに目をつけた海外の人が、「日本には良質な古着がたくさんある!」ってことで、さっきの話の続きで、中古衣料っていうモノの輸出が始まって、そこから「古着、ウェス、反毛」の3本柱が続いていくことになったんです。 そういう経緯があります。

着る人。つくる人。繊維のリサイクルは、みんなが主役!

T
現代社会っていうのは、これだけ「リサイクル、リサイクル……」って言ってても、実際にはリサイクルしづらい状況にどんどんなっている、っていうことですよね?

N
そうですね、人はまだ便利さを求めていますから。リサイクルしやすい設計、そこを純粋に求めると、「今まで恩恵を受けていた何か」を失わなければいけないっていうのが、これまでみなさんの中にあった感覚だと思うんですが、今回テンネンさんとわれわれが一緒になってそこを融合しようとしてるんですよね。 便利さを求めて、いろいろと進んでいった結果が現代ですよね。

T
しかも、その年月が長いですもんね。60年?70年?? 昔は素材は貴重だったし、ちゃんとした需要があったから、リサイクルっていう業界も立ち位置がしっかりとあって、流通のひとつの流れとしてあったっていうことですよね、確実に。つまり、とても大きな役割を担っていた。

N
むちゃくちゃ大きかったと思います。実際、リサイクル会社も多かったですし。

T
昔に流れを戻すわけではないですけど、もう一回創り上げればいいのかな?

N
戻すのはムズカしいですよね、昔と状況は違って労働工賃からしたって全然違うんで。リサイクルに人手がいること。これは変わらないコトなんで。 なので、昔のいいところを残しつつ、いまの時代にマッチさせることが重要ですね。しかも、いまは便利さが行き着いて、考え方が色々と分散している。世界規模で取り組みがある環境保護がテーマになったりしてて、メディアもそうですし、大きな企業にもそういう動きが出てきたというのは、行き着く先がこういったところに来ているということですよね。 昔には戻れないけど、いいところをいまの市場にマッチさせるっていうのが、いちばん浸透しやすいっていうところじゃないかな。

T
藤田さん、なんか学校の先生みたいですね。リサイクルの授業とかあったら、ぜひお呼びしたい笑。そのくらい語りますよね

N
笑。とりあえず知っていただかないとですからね。当社の仕入れ元は、元を正せば市民のみなさんなので。みなさんに評価されない活動は継続していかないですからね。しかも、みんなあんまり知らない業界ですからね。しかも、みんながあまりやりたくない仕事だと思うんで。廃品回収っていう。今はリサイクルって、いいイメージがありますけど。

T
直接、一般のお客さんから洋服を送ってもらうっていう取り組みもあるんですか?

N
もちろん、ありますよ。日本には、まだ古着を燃えるゴミにしか出せない自治体もあるんです。ざっくり、全国の7割くらいは……。

T
え? そうなんですか! テンネンはテンネンで、店舗にリサイクル・ボックスを置こうと思ってるんです。例えば、リサイクル糸と新しい糸のブレンドで、またおもしろい表情の糸が生まれるかも知れないとか、いろんな応用が効きますよね。例えば、リサイクル100%でできた糸の風合いが硬かったら、柔らかい繊維をちょっと混ぜて着やすいものに変化させたりとか。どういう風に表現していくのが、いちばん面白いかなって。テンネンの服だけじゃなくてもいいんですもんね。でも、なかなか集まりにくいのが現状ですよね?

N
やっぱり、ロードサイドじゃなくて、電車に乗って行かなきゃいけないお店だったりすると、なかなか。なので活動として、どっかでイベントがあった時にそこで回収するとか、もともとあるコミュニティに飛び込んで、そこで回収するとか。そうですね、例えばファッション系の大学に協力してもらったりとか。

T
実現したら、おもしろいですね。僕らが車で回収しに行くとかね。テンネン号をつくって、できれば天ぷら油で走らせて。

N
アパレルさんがこういった志向に向いてきたのはかなり良いことで、これが当たり前になると、リサイクル衣料っていうのが繊維リサイクル業のひとつの出口として確立されるかもしれません。着古したものが、新しい服飾に戻るっていう。

T
「リサイクルの出口」の話じゃないですけど、そこには経済活動がともに循環しないとなかなか続かないですよね。多分そこですよね。

N
プラス、おもしろさというか、Interestの部分がないと。あとは再生とかの社会性、そして真似できないオリジナリティですかね。

T
そうですね。僕らもがんばりますんで、よろしくお願いします!

さて、次は実際にリサイクル工場に潜入します!
後半:「繊維リサイクルの現場に潜入!」